2011年6月アーカイブ

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久しぶりに本屋さんへ行った。店に入るとすぐに原発関係本のコーナーが。ずいぶん沢山出ているのだなと、半分驚き、半分納得しながらどの様な本があるのか見ていると、「アララ?」堺屋太一とか野口悠紀夫、その他といった、原子力発電の専門家でもなく、また、これまでの自民党政権に関わりのあった人達が、原発後の日本社会について語っている本ばかりだ。その基本的な主張は原発保護であり、経済至上主義だ。原発災害後は、小出助教や田中優さんが書いた、脱原発を訴える本が売れていると聞いていたのだが、その様な本は何処にもない。単純に考えれば、震災後100日以上が過ぎて、原発を推進しようとしている旧支配者層が、いわゆる識者と社会的に評価されている人達を使って、脱原発に動いている社会に対して揺り戻しをかけているのだということになるのだろう。実際そうであることはあまりにも明白だ。原発災害についての東電や政府の対応や報道が事実の歪曲や秘匿を前提としていたことが次々と明らかになり、彼らの基準が国民や被災者を守ることではなく、自らの権益を如何に守るにあることを多くの人が確認したのだが、それは多くの人が、彼らの発表に対して常に懐疑の目を向けるようになったことを意味している。実際、現在では、発表されたことよりもその裏に隠されていることを敏感に感じ取って、不信感を更に強めている。その不信感をどうにかできないものかと、定石通りに、いわゆるご用有名人に都合の良いことを書き立ててもらった本が現在本屋に山積みになっていると言うことだ。この本を多くの人が手にとってなるほどと思うのだろうか。そんなことはあるまい。ただ、未だにこの様な方法で世論を誘導できると考えている人達が権力を握っていることに対する絶望感を感じる人も少なくないだろう。変わるべき時に相変わらずの風景が目の前に延々と続いていることに対する苛立ちと重苦しさは、遠くにある希望への道程の長さとあいまって、人の心と目に蓋をしてしまう。確かに、根拠のない「大丈夫」をマスコミを通じて連呼することや、隠していた絶望的な事実を小出しにしながら人の心を萎えさせていくと言う手法など、人の心を操ることに長けていることは驚くほどだ。きっとその様な専門家たちの集団が存在するのだろう。しかし、それらの手法もまた、手の内が見えるほどには古くなり、劣化している。その様な小賢しさを打ち破り、多くの人を希望を持って目覚めさせることが出来るような書を世に出したいと思う。協力いただける方ご連絡ください。

ペットボトル風力発電機.JPG

 東北、関東、そして中部まで放射能がかなりのレベルで降り注いだことは地域ごとの差はあっても間違いないと言うことが明らかになって来ました。

 せっかく長年育ててきた土が汚染され、それに触ること、そしてそこで作物を育てることが、喜びよりは悲しみを伴うようになってしまいました。今年は、ジャガイモが良く育っているのですが、ジャガイモがセシウムを吸収する率が高いというデータを見るとひょっとするとセシウムのせいで良く育っているのかと思ってしまいます。それが冗談ではなく否定できないところに悲しみと怒りがあります。

 未だに放射能が空気中に排出されているという人類史上初めての事態が進行している中、動かすことも難しい土に対してどの様な手当をすればいいのか、そこで何を育てればいいのか、簡単に決めることは難しく、これから多くの人が知恵を集め、その方策を作り上げていかなければならないと思います。一つ一つ、様々な情報を参考にしながら、自分なりの取り組みを行う時期になって来たのではないかと思います。

 私自身はこれから以下のような取り組みを行って行こうかと考えています。

 1. 放射線の影響を受けやすい子供が入る畑は表土を5cmほど取り除き、それに灰やカリウムを含んだ肥料を蒔く−カリウムが多くある土壌ではセシウムの植物による摂取が制限されるというデータが出ています。これによって育てた野菜はセシウムの包含量が少ないと考えられます。また取り除いた土壌については、セシウムの吸収力が強いスギナやイタドリなどの野草、またはアマランサスなどのヒユ科の作物を植えて、土壌からセシウムを除去します。そこで育った植物は種がついた段階で刈り取り、乾燥させセシウムと共に東京電力にお返しします。

 2. 大人が面倒を見る畑は上記1の表土草を取り去ることはしないで、灰などをまくことから始め、その後の処理は同じになります。ストロンチウムが発見されるようであれば、やはり土壌を取り除き、カルシウムも合わせて蒔くべきかと思います。

 土壌や作物から完全に放射能が除去されるまでは気の遠くなるような時間がかかるでしょうが、何もしないで嘆いているのではなく、少しでも出来る事をしていきましょう。

 

卒業生でマイミクのむぎちゃんの日記から。

9社から独立

屋久島の電力事情

発電を行っている化学メーカーの屋久島電工は昭和二十七年に設立された。屋久島の年間雨量は一万ミリという豊富な水量と急しゅんな地形を生かし、現在は三つの水力発電所(五万六千五百キロワット)と渇水時に備えた火力発電所(一万九千キロワット)一カ所を持っている。
島民に電力を供給している屋久島電工の安房川第二発電所

屋久島電工が発電した電気を各家庭に送・配電するのは、上屋久町電気施設協同組合(供給世帯・二千百)と屋久島農協(二千八百五十)、安房電気利用組合(九百)と九州電力(千三百)だ。送・配電事業の利益を農業振興に役立てるなど、各組合の利益は直接、組合員に還元される。

屋久島は発電事業者、送・配電事業者と利用者の距離が近い。住民の目と声が届きやすいので、事業者側はコストなどの情報を明確にしなければならない」と言う。
五十年以上前から電力自由化だった屋久島は、情報を住民に示し電気事業に必要なコストをともに考えるていける。

自然エネルギーの可能性と電力自由化という道も十分可能なはずだ。

日本何処でも同じように出来るはず。日本中あちこちに小さな地域で創る電力会社を立ち上げよう。
トイレ床写真広報用.jpg
漸くトイレの床張り終了。剪定した枝を薄くタイル状に切って貼り付け間を目地詰めした。思ったよりも手間取ったが、何とか完了。掃除がしにくいとの指摘有り。

 「誰も人に命令せずに自分のしたいことをし続けることが出来て最高だった。」京都大学助教の小出さんの言葉だ。私は時代は一人の傑出した人間が動かすものではないが、時代の動きは一人の人間に表れると思っている。原発の事故以来、この小出氏の言葉には自らの信念を曲げることなく行動し、生きてきた人の強さと個人を超えた真実の重みがある。私が知っている限りでは、大学の先生と呼ばれる人達には、官僚と同じように大概内向きで自らの専門分野に閉じこもって自己満足しているか、あるいは政府や企業からお金を持ってくることで大学内の地位を築き権力を手にしようとしている者が多い。その中で、権力や地位を目指すのではなく、また専門性に閉じこもることもなく、むしろ権力に対して反対し、ぶれることなく、人のために生きてきた小出氏の姿は清冽だ。原発に関連しての言動だけではなく、自らの社会的使命を全うすることを基本に据えた氏の生き方は、新しい社会における人間の基本的な在り方を指し示している。

 原発災害の報道も少なくなり、また後出し発表や馬鹿な政治家達の政争のために諦め感が漂い始めている中(政府はこれを狙っていたのだろう)、政府の「大丈夫報道」に抗して、原発が未だ危険な状態にあること、放射能の危険性が陸海共に高まっていること、そして原発などなくても電気の発電量は十分に間に合っているのであることを明確な根拠を持って主張し続けている姿に、現状に気づかされ、勇気づけられる人が数多くいるだろう。

 今、人は競争ではなく助け合うことを、格差ではなく平等を望み始めている。それは、これまでのような勝ち組を目指して走り続ける経済の在り方に対する拒否であり、経済発展を全てのものに優先してきた世代に対して、既にその様な価値観が間違いであったことを認めることを求めている。小出氏の生き方と姿勢はその象徴である。