昨日、一昨日とアーバンパーマカルチャー講座を大坂の野里という街で開催した。この町はもともと大坂の中では農村で問屋街に野菜などをおろしていた場所だったと聞いているのだが、今でも古い大きな家が点在しており、道路の作りや、車の通ることの出来ない路地がたくさんあるとこなど生活感のある大坂の下町の典型的なところだ。関西のパーマカルチャースクールの卒業生であるご夫婦が都会の中でもパーマカルチャーの拠点を創りたいとの希望からここで講座を開催しながら、庭の整備なども行って行こうと考えていた。しかし、大都市の歴史ある場所が多くそうであるように、この野里も空洞化、あるいは過疎化が進んでおり、あまり若い人が行き交う姿を見かけることもない。その現状を象徴しているのが、野里商店街で、古く雨漏りが所々でするアーケードの両側になるぶ商店の多くは週日シャッターが降りたままになっており、電柱に表示された店の名だけが、そこになにがしかの店があったことを示している。その商店街の入り口に野里食堂という大衆食堂があった。地元のおばちゃん達が暖かく仕切る安くて美味しい店で、打ち合わせなどで野里に行くときにはほとんどここで昼食や夕食を取っていた。
5/29日講座の昼に参加者と一緒に昼食を頂きに行くと、店の入り口に張り紙。「5月30日を持って閉店することになりました。長年の愛顧に感謝します」とある。「5/30って明日だよな。え~」と驚いた。店の中には長文の張り紙。「20数年にわたりこの地で営業して参りましたが、社会の変化により人が減り、商店街としても衰退していく中、数々の工夫を施して参りましたが、万策ここに尽き、閉店することに相成りました」とある。地元の人達、特にご老人達がたむろし憩いの場となっており、何時行っても多くの客がいたのだが、それでも万策尽きたのかと、しかも、1日前の告知とは、う~ん」と唸ってしまった。実はこの商店街の活性化の計画をつくることも講座の一つの柱になっている。産業構造の変化やそれに伴う人の生活様式の変化によって、地域の発展と衰退が非常に速いテンポで起こっているのが現代社会の大きな特徴の一つだろう。流通や交通機関の発達は人の生活と地元の結びつきを希薄なものにしてしまった。時代の波に乗れない地域や企業は廃れていくのが当然だといった風潮もある。運命と諦めるのも一つの在り方だとも思う。「降りてゆく生き方」という映画に共感を覚える人も多いようだ。しかし、人も地域も行き続けていくことが大切だと思う。生き続けることで多様性が保たれ、様々な変化に対する対応力も保持されるからだ。万策尽きたら、1万1つ目の策を考えればよい。野里の商店街にもう一度人の笑い声が溢れるにはどうすればよいか。本気で取り組んでみようと思う。
5/29日講座の昼に参加者と一緒に昼食を頂きに行くと、店の入り口に張り紙。「5月30日を持って閉店することになりました。長年の愛顧に感謝します」とある。「5/30って明日だよな。え~」と驚いた。店の中には長文の張り紙。「20数年にわたりこの地で営業して参りましたが、社会の変化により人が減り、商店街としても衰退していく中、数々の工夫を施して参りましたが、万策ここに尽き、閉店することに相成りました」とある。地元の人達、特にご老人達がたむろし憩いの場となっており、何時行っても多くの客がいたのだが、それでも万策尽きたのかと、しかも、1日前の告知とは、う~ん」と唸ってしまった。実はこの商店街の活性化の計画をつくることも講座の一つの柱になっている。産業構造の変化やそれに伴う人の生活様式の変化によって、地域の発展と衰退が非常に速いテンポで起こっているのが現代社会の大きな特徴の一つだろう。流通や交通機関の発達は人の生活と地元の結びつきを希薄なものにしてしまった。時代の波に乗れない地域や企業は廃れていくのが当然だといった風潮もある。運命と諦めるのも一つの在り方だとも思う。「降りてゆく生き方」という映画に共感を覚える人も多いようだ。しかし、人も地域も行き続けていくことが大切だと思う。生き続けることで多様性が保たれ、様々な変化に対する対応力も保持されるからだ。万策尽きたら、1万1つ目の策を考えればよい。野里の商店街にもう一度人の笑い声が溢れるにはどうすればよいか。本気で取り組んでみようと思う。