2011年4月アーカイブ

今年は本気でPCCJの改装中。
写真は温室兼寝室とトイレ、それに昨年の塾生達が制作中のベランダです。空間が広くなり、美しくなるのは嬉しい。

 放射能の拡散が長い間隠されていたために、知らされないままに多くの人が被曝者になってしまっていると言うこと。既に私も被爆者であり、私の大切な人達も被爆者としてこれから様々な放射能の影響を恐れながら生きなければならないという現実。この恐怖は、見ないふりをするのではなく、向き合い、そして、心を通わすことが出来る人達と助け合い、励まし合いながら、生き、そして次世代に希望を残すことでしか克服し得ないものだろう。

 まず、原発を止めよう。これ以上の放射能で地球を汚してはならない。原発事故は人間と自然の力関係を考えるのであれば、これからも必ず起こるものなのだ。その度に死と恐怖は拡大する。原発の推進や維持を言う人は、自ら原発のすぐ近くに住むことができるかどうかを明らかにし、実際に福島に住むことで自らの主張の正当性を証明することが求められる。

 ただ、理屈よりも何よりも心が痛い。空気を水を大地を汚してしまったことに、心が耐え難く疼くのだ。

 今日から歩くことにした。自宅とセンターの間の4kmほど。山道なので、1時間ほどかかる。今日の放射能の拡散予想では、こちら側に放射能が降るとのことだったから、放射能の中を酔狂に歩いたことになるだろうか。

 嫌だったのだ。全ての判断に原発が入り込んでくることが。3.11以来寝ているときでもどこかで原発のことを考えている。政府や東電そしてマスコミが大丈夫だと言うほどに、そうではないという思いが強くなっていく。彼らの大丈夫がことごとく覆されていく現実は、彼らの言葉の裏側にあるものを明らかにしながら、多くの人の心に絶望を埋め込んでいく。絶望を前提として生きること。あるいは、絶望というレアリティーを言葉や情報という薄紙で包んで、そこに今までという幻想を描いて偽りの安心の中に閉じこもること。変えようのない現実に向き合う術がないとき、私たちには生きて行くために何が残されているのだろう。土を耕しながら、種をまきながら、苗を植えながら、しかし、それらの行為は今までそうだったようには、未来へとは繋がっていかないのだ。

 だから、歩くことにした。車とか電気とか、それまで当然として使っていたものを出来るだけ遠ざけることにした。現代の人の心の動きに合わせて、時間と空間を疾走するのではなく、人の身体に残る自然の時間に合わせて動くことにした。途中それまでに気づくことのなかった、水の流れ、わき水、室など、同じ空間をいつも移動していたのに、全く目に入ってくるものが違っていた。

 そして、生命を高めようという思いが湧いた。これから、放射能は人間ばかりではなく、地球上のあらゆる生命を傷つけていくことだろう。人間は複雑な分だけ、生きることについては傷つきながらも、より長い時間が許されているだろう。きっともっと弱い命が数限りなく、短いときの流れの間に失われていくだろう。いや、既に失われている。それでも生命は生き続けようとするだろう。個として、種として、そしてガイアとして。傷つきながらも生き続けていくことが出来る生命の力を高める場所をつくっていくことが、今私がすべきことだと。

 出来るだけ多くの知恵の扉を叩き、教えを請うこと。あらゆる自然の動きに対してより敏感になり、そのメッセージを受け取ること。そして多くの人に語りかけること、語り合うこと。

 生命の力を信じること。