2011年3月アーカイブ

 地震に驚いて家を飛び出したのは初めての経験だった。外に出ると電信柱が揺れており、倒れるのではないかと身構えた。揺れが落ち着くのを待って近くの保育園を見に行くと子供達も先生達も外に出ていた。そこでラジオを聞いていた人から震源が東北と聞いて、地震とその被害の大きさが直感されて膝が震えた。そしてすぐに原発に起きていることを予感して辺りの風景が色あせていくのを感じた。

 直感や予感は全て現実のものとなったが、未だ終わっていないという予感は今もあって、日常の作業やこれから行おうとして準備してきた企画の意味の置き所が見つからない。

 それでも、今回の地震によって、これまで隠されていた様々な社会の仕組みが透けて見えてきたことで、これから行うべきことの方向は明らかになり、その意味の重さは徐々に胸の中に落ちてきているように思う。

 一つは、総中流のように見えていた日本社会にもはっきりとした支配者層があり、それは官僚を主体として、エネルギーや産業界、そしてマスコミまでが一体となって、自らの利益を最大化するために、国民から税金を搾り取るだけでなく、教育や情報操作によって、国民を自らの都合がよいように作り上げてきていることである。テレビや新聞が行う原発についての報道は、明らかにこの支配者層の意図のみを反映したものになっており、国民の心配や関心に応えるものではないのだが、そのことがまさしく、支配者層が国民をどの様に考えているかを如実に反映していると言えるだろう。原発が危険だとうすうす感じながらも、マスコミを通じた官僚とエネルギー会社を中心とする企業体の安全だという宣伝を信じ、未だに「安全な」原発は必要だと考えているものが過半数を占めている(東京新聞の世論調査による)という現実に支配者達は嘲笑しながら頷いていることだろう。

 即ち原発を止めることはこの様な社会の構造を崩して、一から国を作り直すことを意味している。それなくして原発を止めることは出来ない。しかし、それはこれまで歴史的に行われてきた暴力的な革命を意味するものではない。国民一人一人が自らの本能と能力を信じて、権力者の宣伝に惑わされることなく、彼らが作り上げたシステムから離脱し、かわって、信じることが出来る仲間達と地域の自然と人の資源を生かし、支え合うシステムを作り出すだけでよい。端的に言えば、マクドナルドで何処で創られたかも分からないハンバーガーを買うのではなく、地本で採れた大豆で創られた大豆バーガーを料理の上手な友達から買えば良い。そうすれば、その払ったお金もいずれ自分の元に戻ってくる。品物がなくなったスーパーやコンビニを嘆いたり、それが生み出す恐怖で買いだめに走る必要などない。周りでパンを焼いている人を探せばよい。野菜を作っている人に声を掛けてみればよい。

 地震という大きな力は人間の弱さ、不完全さをいつも露わにしてくれる。そして、人はこれまでもそれをよりよい社会や自然との調和をつくり出すことのよりよい機会として利用してきたのだと思う。新しい歴史を作っていこう。


 永続性とは生命の基本的な在り方だ。そして、それは最もシンプルに表現すれば、明日に繋がる今を生きることだ。今していることが、明日生きることに繋がっているのか、それとも、今だけに終わってしまって、明日を危うくしてはいないか。勿論今生きることがなければ明日はない。しかし、エネルギーや食べ物のことを考えれば、すぐ分かるように、今全てを消費してしまえば、明日生きることは出来なくなる。明日は決して時間的な動きだけで巡ってくるのではない。明日をより豊かにする自然の動きがあり、明日のために今すべきことをする人がいて、はじめて明日は、私たちが望む明日は訪れる。

 そして、今、私たちの前から明日は消えてしまった。それは、今だけの快楽と安逸を求め続けて生きてきた私たちの行為の当然の結果なのだが、明日を破壊してしまった出来事が忽然と目の前に現れ、それから後今まで時間はその周りをただぐるぐると回っている。

 今を明日につなげること。その行為は今だけのことしか考えていなかった時間が長かった分だけ辛く、厳しいものだ。そして、それが出来るのは、この様な出来事を必然として生み出してしまった、国や行政あるいは産業界と言ったシステムではない。ただ人だけである。3.11以降私は、多くの人達と話してきた。人とは、そして多くの人が集まり話す中に生まれる叡智と暖かな手応えは、明日をつくり出す力に満ちている。

 種をまこう、木を植えよう。子供をつくろう、皆で育てよう。言葉を発しよう。話し合おう。歌おう。踊ろう。手を繋ごう。お金も知恵も回る仲間の輪を作ろう。もっともっと明日に繋がることを皆で考え、一つ一つ形にしていこう。

 3.11はこれから日本の大きな転換点として歴史に刻まれることになるだろう。どの様に転換していくかは、未だ明確になってはいないが、多くの人が何かが既に変わってしまったことに気づいている。

 あの日以前の日々は今思えばなんと輝いていたのだろう。川を流れる水は、清らかであると何の疑いもなく言うことが出来た。畑の土は食べ物だけではなく多くの命を含み養う存在で、触れることが喜びであった。あの日からは、川の水に含まれているものを恐れ、土に触れることも、そこに育つものを食すことにも常にためらいが生じるようになってしまった。多分これから私たちは、あらゆるものに対して疑いを持ちながら生きて行かなければならないだろう。そして、子供やこれから生まれてくるものに対して、犯した罪を悔い、恐怖しながら接することになるだろう。今日食べさせた食べ物が、あるいは飲ませた水が、いつかこの子の命を奪うかもしれないと。

 だからこそ、私たちは生きなければならないと思う。生き続け、自らの過ちが何から生じたのかを明らかにし、二度と同じ間違いが繰り返されることのない社会を築いていかなければならない。汚れた大地と水をもう一度清らかにするために皆が知恵を絞り、行動しよう。絶望はそれを乗り越えることが出来るのであれば、人に大きな精神の成長をもたらすだろう。多くの人の胸の中に空いてしまった大きな穴は、苦しみや恐怖を乗り越えて行動することでしか埋めることは出来ないだろう。輝きをあの輝きをもう一度取り戻そう。

 地震に続く津波、そして原発事故と、悪魔でもここまでのシナリオは書かないだろうというほどに恐ろしい出来事が続いている。事態は未だ予断を許さないのだが、余震が収まりつつあり、津波の心配も小さくなり、原発も爆発のような大きな動きが見えなくなったことで、被災地において今も苦しんでいる方達を除けば、現状としては、多くの人達に安心感が芽生えているようにも感じられる。これは政府やマスコミの「大丈夫報道」が、偽りでも良いから安心したいという人達の潜在的な欲求に巧くはまったという方が正確かもしれない。ただ、その安心感が慣れ親しんだ日常への回帰への期待から生じているのだとすれば、それは結局絶望に変わるだろう。この震災や事故の本当の影響あるいは意味が明らかになってくるのはこれからであり、それが結局何を生み出すのか誰も予測することは出来ないでいる。だからこそ、これまでの日常への回帰という幻想を、マスコミや政府あるいはこれまでの権力に縋り付いてきた者達は急いで作り上げようとしているように見える。輪番停電といった処置も、電力が足りないと言うよりは、むしろ、原発を進めてきた政府や電力会社の脅しとしか思われない。電気がなければこんなに困るんだぞという恫喝である。また、自衛隊の行動に対する賛美も、戦時中と酷似して、軍を肯定すると同時に、新しい社会を望んで、そこに向かって進んでいこうとする人々に対する威圧だろう。人々の不安と不満が噴き出して、社会的に大きな改革が起こることを恐れて、偽りの安心と美談に隠された威圧を行っている。地方選挙戦の先送りも、被災地に対する配慮と言うよりは、自民党や民主党と言った今回の事態を招き入れてしまった従来の政党が、権力の座から追い落とされることを恐れての処置に他なるまい。それは、これから当然行われるべきである、政府や電力会社の糾弾では収まりのつかないより大きな社会変革に対する権力者の恐怖の裏返しと取ることが出来るだろう。この様なマスコミや政府の姿勢が続くのであれば、やがて言論や集会の自由に対する弾圧も、社会不安に対する処置として当然のように行われるようになるかもしれない。「買いだめに対する法律的処置を」公然と言い放つ政府が、人々の本当に望むことに対して応えることなどとても考えられないだろう。廃墟となった原発に向かって進んでいく戦車の姿にこれからの日本の姿を象徴させてはならない。