2011年1月アーカイブ


 今年の冬は寒い。昨年は暖冬だったので、特に寒く感じられるのかもしれない。藤野の事務所の水道は凍って断水状態が続いており、事務作業をしていると身体まで凍ってきてだんだん動かなくなる。「眠ったら死ぬぞ」は冗談ではなく、実感だ。で、2日ほど寒さを避け、これまでなかなか行くことが出来なかった、塾生達が関わっている房総の面白そうな場所を尋ねることに。

 最初に行ったのは、九十九里のハチドリ食堂。民家をそのままに使った食堂で、陽が良くあたる部屋は、ほっこりと暖かい。パーマカルチャー塾の10期の卒業生が去年から始めており、地本のサーファーには既に結構知られているとのこと。時々手伝いに来ている近くに住む同期の卒業生にも再会。卒業してすぐ授かったというお子さんも既に2才に近く、やんちゃだ。久しぶりにあったので、その後の話に花が咲いて、何を食べたのかはよく覚えていないのだが、美味しいランチをいただき、記念撮影の後出発。

 次に尋ねたのがブラウンズフィールド。ここは中島デコさんが主宰してらっしゃるところで、広々とした空間の中凝った作りの建物が点在している。カフェやコテージもあるがこの日は未だ休業中。この辺りは大きな家が多く、豊かな歴史が感じられるところで、ちょっと不思議な雰囲気が漂っている。

 次の日最初に尋ねたのが、鴨川自然王国。ここはもと馬の飼育をしていたところだと言うことで柔らかな起伏の中に畑や樹木、それに創始者の藤本さんの記念館を兼ねたカフェなどが建っている。カフェの営業は週末だけなので、この日は閉まっていたのだが、アポもなく尋ねていったにもかかわらず、お嬢さんのyaeさんにお茶まで淹れて頂いてしまった。田んぼは一町歩ほど、畑も村内のあちこちにあるとのこと。長年にわたる取り組みの成果が空間に落ち着きを与えている。(つづく)



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  ハチドリ食堂前にて

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ブラウンズフィールドのツリーハウス
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鴨川王国のカフェen

小屋

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小屋づくり

 PCCJの実習コースでは塾生の自主性に任せながら、一棟の小屋をつくることがプログラムの大きな柱になっている。これまでに、トイレや、山羊小屋(未だ山羊が入っていないが)、アースバックの貯蔵庫、などがつくられてきた。中には完成しないままに朽ちてしまったものもある。どの様な小屋を作るかのイメージ作りから素材の選定、図面、そして刻んで建てるまで、構造の基本や道具の使い方については手ほどきをするが、建設の過程で必要となることは設計や素材の選択などを含めてほとんど全て塾生が自分たちで考え、決めている。小屋を建てることは基本的に自己表現と自分の現状を測る行為だと考えている。全てのモノ作りがそうだが、結果は明確にその過程において何が行われたのかを反映している。一生懸命にしたことも、ちょっと端折ったり手抜きをしたことなど全てがそこに現れる。リアリティーはごまかしや言い訳を明確に拒否する。それに時に励まされ、多くの場合は打ちのめされながら、徐々に建設作業は進んでいく。写真は先月に完成した販売小屋だ。ほぼ3年がかかって完成した。その間、毎回参加する者も何とか都合を付けて一年に一度だけ参加する者も同じ立場で、完成まで励まし合いながら進めてきた。時間をかけ、様々なアイデアと、センスが込められた小屋は優しさを醸し出して自然にも畑にも溶け込んでいる。大工や建築家と行った専門家が関われば、より早く完成度の高いものをつくることも可能だろう。しかし、小屋にはその様な基準は求められてはいない。大切なのはそこに込められた想いと時間がそこに表現されていることだ。そしてそれに関わった人達はその経験から新たな自分を発見し、先に進む踏み台を得ることが出来る。そんな役割を果たしてきた小屋が並ぶPCCJの農場は、ちょっと不細工だが、素敵な空間になっていると思う。

初詣

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1/16は遅ればせながらの初詣。昨年のパーマカルチャー塾の卒業生と今年のヤンバル塾の卒業生計25人ほどで相模湖にある与瀬神社へ。女性は着物男性は正装が基本で、150段を超える急な階段を上って神殿にて今年の幸いを祈った。見下すと相模湖が輝いていた。


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鶏の水飲み場にははこれまでバケツや陶器を用いてきたのだが、中に糞をするのですぐに汚くなってしまうのと、なくなったときの給水が面倒なことが問題だった。そこで大きめのプラスチックの容器を廃物利用して鶏給水器を作成。上にあるボトルを逆さにしてバケツの上に載せてあるのだが、水がなくなると上から自動的に水がバケツに流れ込む仕掛け。問題は冬の間は水が凍ってしまうこと。日に当たって溶け出せばまた給水できるのでよしとしようか。


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1/10第2回ヤンバルデザインコース終了。多くの学びとゆんたくで最後はいっぱいいっぱいだったけど良い仲間ができて、沖縄でもパーマカルチャーが更なる広がりを見せそうです。

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 先日沖縄でのパーマカルチャーデザインコースが終了した。沖縄の自然と文化、そしてそこに起きている様々な出来事は、単にパーマカルチャーだけではなく、文化生成の源が何であるのか、そして、ゆがんだ社会のひずみが日常生活に入り込むことの意味、デジタルな情報と現実との乖離などについて、多くのことを考える機会を与えてくれたように思う。

 日本でありながら、しかも海という全ての生物のために与えられた空間でありながら、そこに柵が設けられて、その地で生きる者の意図とも意志とも関係なく、目の前の美しい海が壊されようとしている辺野古。人が生活を営む場所の真上を爆弾を抱えた爆撃機が離着陸する普天間基地。日本古来の人と自然のつながりの中に感謝を持って今も生き続けている久高島の人達。それらの間に横たわっている沖縄の数奇とも言える歴史を語るコザの街角。本土に住み沖縄の犠牲の上で危うい偽りの繁栄にしがみつくことしか考えていない者に対して沖縄は現実を持って多くのことを語りかけている。

 そして、現実を伝える事をやめてしまった大新聞には決して掲載されることがない様々な沖縄での出来事は、鮮やかに問題の本質の在り所と、その解決策を示している。それらの一つが、名護市での日米安全保障条約の研究会(名称につては違っているかもしれないが)の設置であり、沖縄県知事のアメリカ政府への直接の訴えかけだろう。また、名護市長の稲嶺氏の「基地受け入れをしなければ補助金をカットするという日本政府からの恫喝」に対する拒否姿勢も、基地問題の解決の糸口を探す動きとしてばかりではなく、問題の本質をうやむやにして一時的な金による妥協策を解決としてきたこれまでの政府や官僚の在り方に対して決然とその非を示している。

 この様な沖縄と沖縄市民の姿勢は小さく囲われた己の生活空間の中に閉じこもり、その中の安寧ばかりを願い、問題の解決を他の人やシステム頼りにしている者達に対しても、これから進むべき方向を示していると言えるだろう。自らの運命を自らの手で決めること。それは人間一人一人の姿勢であると同時に国という国民の総意に基づく存在の在り方でもあるだろう。頑張れ沖縄と沖縄に任せるばかりではなく、私たち自身が押しつけられた矛盾や問題と向き合う時期に来ている。