積み重ねること

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 古い家を修理しながら、住むのは楽しいことだ。その家を建てたときの時代の考え方やそれを建てた人の熱意が伝わってくる。そこに自分が考える工夫を如何に重ねていくによって住み心地の良さや家の輝き方が違ってくる。巧く調和したときには、家が喜んでいるのが感じられたりもする。これまでいじった家は5軒ほどになるが、気づいたことがある。それは、家を建てた年代が新しくなるにつれて、工夫の余地が少なくなってくるということだ。新しい家ほど工夫できる部分が少なく、変えるとなると構造から作り直さなければいけなくなる。素材も耐久性の低いものが多いので、痛みもひどいのだが、その様な素材に合わせて作っているので、直すとなると、そこだけではなく、他のところから手を入れなければならなくなる。昔のものの方が、素材が良いので長持ちするばかりでなく、工夫が出来るだけの余地があるので、修繕だけではなく、ここをこの様にしてみようと考える楽しみがある。しかも、目指すところが自然素材を生かした家なので、木や土を使っても違和感がないのがうれしい。

 良く現代の建築は30年しか持たないと言われるが、確かに作りの粗雑さなどを考えてみてもその様に出来ている。「かたち」あるものをつくる事の目的が、そのものを作ることではなく、お金儲けに変わってしまったのが現代なのだろう。気がつけば私たちの周りにはその様なものしかなくなっている。使い捨てるだけのものに囲まれて、一時の快楽以外にものに求めるものがなくなってしまっている。

 「もの」を使い捨てる対象ではなく、積み上げて更なる完成を目指すものとして捉えること。そのための素材を用いて、しかも、余地を残しておくこと。家だけではなく、これからの「もの」に求められるのはその様な性質だろう。そこに使う者が自己を投影して自分なりのものに作り替えていくことでそのものは使い捨てることができないものに変わって、無駄やゴミはなくなっていくだろう。それは多分誰もが参加できる文化づくりでもあるだろう。

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