2010年3月アーカイブ

 先日、関西パーマカルチャースクール卒業生の吟遊詩人の計らいで、てんつくマンが主宰する「元気の種夢楽」(http://gentanemura.org/)にお邪魔した。この村は小豆島にあって、てんつくマンに賛同した若者たちが、訪れる人に元気になってもらいたいと立ち上げたところだ。もともとは民宿か夏の家だったところを借りて、畑で作物を作り、風呂づくりや建物の改修、それに集会所の建設なども廃材を用いて自分たちで行っている。世界中の人が集まれるような場を目指しているとのことで、それが徐々 に形を成してきている。

 倒的だったのが、見させて頂いた映画「107+1天国は作るものpart 2」。途中から涙が止まらなかった。全ての命は、生きているだけで素晴らしいというメッセージ。全ての人に見てほしいと思う。そして、本気の歓迎ダンス。歓迎ナントカというのは基本的に照れてしまって、見ているのが辛くなるのだが、このダンスはとてもエネルギッシュで、形だけではない本当に受け入れ歓迎してくれている気持ちが素直に伝わってくるとても気持ちの良いものだった。彼らのように本気で未来に向かって生きている者たちと出会えることだけも、有り難いと思う。もう一度行きたい、いや何度でも行きたいと思う場が一つ増えた。

 素敵な人との出会いほどうれしいものはない。希望や可能性がいつもあるのだと教えてくれる。今年から、神戸北区の淡河にパーマカルチャー関西は事務所とモデル作りの場を持つことになったのだが、そのおかげで、たくさんの出会いを頂いている。昨日は、関西で開くパーマカルチャー実習コースの講師の打ち合わせで、摘み菜の会の平谷さんとお会いした。彼女と会うのは2度目で、最初にお会いしたときも、常に真摯に生きてきた、その時間の積み重ねを感じさせる、安心感と柔らかな優しさに驚きを覚えたが、今回はもっといろいろと話を伺うことが出来て、先に生きる人の存在に、強く励まされた。

 平谷さんは摘み菜の会(http://www.tsumina.net/)の代表で、野草と共に生きている。彼女には全ての野が自然から人への恵みに溢れた場に見えている。彼女の話を聞いていると、野の草に無駄なものなど何一つない。それは生態学的な意味だけではなく、人間が生きることにとってもだ。春の野に出てみれば、春の七草と言わず、全てが人の口に入って、人を健やかにしてくれることを教えてくれる。なんと生きることは楽しく、楽なことなのか。そして、そのように生きている彼女は自が自然と溶けあっていて、出てくる言葉は天の声として人の心を打つ。絶えることのない笑い声は、人と共にいる事本来の姿だろう。彼女と共に野を歩くことは、もう一度目を取り戻すことだ。欲の形でしかないものに囲まれている中に多くの人が失ってしまった目を。もっと多くの人に彼女に出会ってほしいと思う。世は時代が求める人を常に配してくれている。

このところ、動きが止まってしまった静けさを感じる。オバマ大統領の誕生や、衆議院選での民主党の勝利で、大きな変化が起きるのではないかと思っていたのが、現在まで、目に見える変化はなく、期待が大きかった分だけ落胆も大きく、かといって、戻りたいと思えるような以前でもないと言うことで、どうなるのだろうと、障子の影に潜んで様子をうかがっているという、そんな感じの静けさだ。期待したことが起こらなければ、それを起こせばいいだけのこと。変化は誰かが起こしてくれるのではなく、自分が起こすのだと言うことを学んでいる時期だとも言えるかもしれない。でも、待っていては何も起こらない。動き出そう。