第一回講義録 21世紀のコミュニティ

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■日時:2008年4月13日

■場所:環境パートナーシップオフィス

■講師:パーマカルチャーセンタージャパン 設楽清和

■講義内容

1.導入

~設楽さんがコミュニティを考えるに至った経緯や、今、コミュニティという視点がなぜ必要かという理由について~

scc01.jpg・3年前にエコビレッジデザイン講座をやったが、デザインしただけではコミュニティやエコビレッジは作れないのではないかと思った。日本には、まだ明確な取っ掛かりが無く、米国やインドで行われて言うようなやり方も通じるかどうかわからない。

・人間がどう生きていけば未来が見えるのか?

・自分もある時期に新潟で百姓をやっていたが、コミュニティで生きることと、田舎ぐらしの違いは何か?と考えるようになった。

・バイクで日本全国を回った時に、どこにいっても同じ町になっていて日本はもうすぐつぶれると思った。
そして、人間について、コミュニティについて学ぶ必要があると思い、米国にわたり人類学を学んだ。そしてパーマカルチャーに出会い、これは日本のコミュニティを作るうえで役立つと思った。

・わたしたちはすでに家族、地域といったコミュニティに生きているので、コミュニティが空気のような存在になっている。
それについて気づかなくなっているので、コミュニティってなんだろう?と問い直すことすらしてこなかった。

・20世紀おわりから、環境悪化を好転させるために、個人レベルの取り組みが行われ始め、今や地球温暖化については地域、国単位の取り組みもしている。
しかし、地球環境は悪化するばかりである。
解決には何か必要かを考えた時にコミュニティが必要なのだと思った。

・人間は常に人が幸せに生きられるエルドラドを描いてきた。
自分がコミュニティに行きながらも、常に理想のコミュニティを描いている。

・わたしたちはコミュニティによって作られる

2.21世紀におけるコミュニティの役割と可能性(レジュメの解説)

・「コミュニティは人間の本質を成就する場である」
人間はコミュニティにより成り立っている。コミュニティが人間の基本部分を作り出してくれているのであり、コミュニティがあって始めて人間は存在する。

・絶望と希望の時代にあって、未来社会の基本単位として、コミュニティを置く。

・そのコミュニティは、理論としても実践としても完成されたものというのは存在していない。模索の過程を共有し、みなで考えていくのがこの連続講座の意味だろう。

・コミュニティを考える際に人間のことだけでなく、自然の中の一員としての人間を再考しなければならない。

・レヴィストロースの「冷たい社会(伝統的社会)」、「熱い社会(近代的社会」の対比でいえば、私たちの目指すべき社会は「暖かい社会」なのではないか。

・子どもから大人になる過程にある境界、ゆらぎの状態(リミナリティ)において、仲間の間で生まれる強い結びつき。コミュニティ運動でも必要なもの。


3.世界のコミュニティ(スライドを見ながら)

・人類の歴史の99%は狩猟採取をしながら森の中に生き、自然の一員であることを目標としてきた。人と人、人と自然がどのように関わりあって生きてゆけば良いのか、多くの知恵を昔の狩猟採取民族の人たちは知っていた。

・インテンショナル・コミュニティを作るうえでは「自然環境」が重要。
自然も仲間である、自然と人間のコミュニティという感覚も必要。

・国が強くなればコミュニティは崩壊する。監視社会はその例ではないか。
アメリカでイノシシ注意という看板とともに、テロリスト注意という看板を見た。911の後、ますますあおられる人間不信。
テロリズムは人間同士をつないでいた絆の危うさを示していている。
不信を基盤とした社会を私たちは作るのか、それとも信頼に基づくコミュニティを再構築するのか。私たちはその岐路に立っている。

・米国ミズーリ州のSandhill Farmは、コミュニティづくりを学ぶ場。
ここのSkyhouseでは、相互扶助のひとつの形として、インカムシェアリング(収入の共有)を行っている。彼らからは人が満足するのを見るのがうれしいという気持ちが伝わってくる。

・国民健康保険は、相互扶助を謳いつつ、保険料を払えない人はそれに含まれない。本来の相互扶助はコミュニティの顔の見える関係の中にあった。

・近年、東洋思想、インド哲学、ネイティブアメリカン文化への関心が高まっているが、これは「暖かい文化」への希求とも言える。
また、これからは女性性の時代とも言える。多くのエコビレッジでは女性がリーダーを務めている。

・米国ニューヨーク州のEcovillage at Ithacaでは、週3回のコモンミール(共食)や洗濯機の共有など、助け合う機会を意図的に組み込んでいる。
住宅は環境配慮型で、共有スペースに面した部屋にはカーテンがないなど、パブリックとプライベートのバランスを大切にしている。

・人間の全てを受け止めるのがコミュニティの基本。
自分をさらけ出せる場があるのは、どれほど幸せなことか。

・イサカのエコビレッジは、大学と提携したりしながら、メンバーの学びを深めてくれる人を講師をして招いたりして、固定したものではなく、常にゆらぎ(脱構築し)成長するコミュニティを目指している。

・わたしたちはより大きなものと一体となることを望んでいる。
一人では出来ないことを出来る満足感。スピリチュアルな言い方になるが、個人を超えた存在と一体となる満足感を求めている。

・原生林にときおり入り、自分の境界が溶ける体験をしている。
自然そして人との一体感を取り戻すこと。

・イサカのエコビレッジは、住んでいる人だけのホームではない。
コミュニティを求め、持続可能な暮らしづくりにチャレンジする人たちみんなのホーム。

・カナダのO.U.R.エコビレッジでは、法律整備も手がけている。
また、一人ひとりが自身を表現する場づくりも行っている。

・1970年代に共同購入のための共同組合をつくったのがきっかけで始まったオーストラリアのマレニーには、現在13の協同組合がある。
自ら出資して仕事の場を作るというあり方も、これからますます大事になる。

・スペインのモンドラゴンには、26の協同組合があり、全ての事業を自分たちで行っている。彼らは一体感の醸成を大切にしていて、現在では4500人が関わっている。

・先日、ニュージーランドのレインボーバレーファームの創立者のジョー・ポラッシャーが惜しくも逝去したが、この地にあるファーマーズマーケット日本の日曜市を参考にしたもので、マーケットにより町がとても賑っている。
コミュニティーが地域を活性化した好例と言える。

・血縁でないコミュニティにおいて、家族のあり方も再考する必要がある。
ある都市型コミュニティでは、カップルができて子どもが生まれるとそのコミュニティから出ていかなければならない。コミュニティにいながら子どもが欲しいときは、アフリカなどの貧しい国から子どもを養子にする。
リサイクルを仕事として始めた。

・米国ニューヨークのブラックコミュニティーに端を発したCDC(Community Development Corporation)といわれるNPOの動きがあり、荒れてしまった都市において、コミュニティの再興を通じた都市の再生に取り組んでいる。住民の発案に行政がお金を出す仕組み。

・フィリピンでは20世紀初頭、8割が森林だったが、今8%のみ。
設楽さんが2月に訪れ、山村の民と伝統文化の意味を対話していくなかで、「農業ってなんてエキサイティングなんだ!」と若者が気づいていった。

・イヌイットなどカナダのネイティブの間で、自分達の言語や文化を取り戻す動きが始まっている。死に絶えた文化もあれば、復活しようとする文化もある。日本人も自分達の文化、自然とのつながりを取り戻す時ではないか。

・21世紀はコミュニティの時代。
しかしそれが見えていないから、時代があやうい。


scc02.jpg4.Q&A

Q:設楽さんご自身がエコビレッジをつくる計画はあるのでしょうか?

A:自身でエコビレッジをつくることも考えている。また、学んだ人たちが集まる場に身を置きたいという気持ちもある。今、PCCJの卒業生たちが、藤野に続々と移住してきていて、新たなコミュニティが生まれつつある。


Q:コミュニティのなかでは対立なども起こると思うが、それに対してはどうしたらいいか?

A:コミュニティで生きるうえで発生する葛藤解決は学ばなければいけない。
葛藤解決、コンセンサス作りは、自分のエゴに気付くなどの学習過程が必要である。世界の先進的なコミュ二ティのメンバーは皆そう言っている。

また、コンセンサスづくりの前提として、まず自分自身の拠り所、立ち位置を明確にすることが大切。そして個々それぞれの違いから新しいものが生まれる。


Q:藤野のように、日本に本来あった村などに若い人の流れを作るにはどうしたらいいか?

A:日本のイエ・ムラは圧政であり、個人が認められていない。
そこに西洋思想の個人主義が入ってきて、個人も大事だという考えになってきて今に至る。
だから、従来のムラに若者を引き戻す方法は無い。
古い考えを持った人たちとうまくやっていくことはなかなか難しい。
例えば、パーマカルチャーは雑草をはやしたままにするけれど、彼らにとってはそれは理解できない。
かといって彼らがやってきたことを否定することもできない。


Q:日本では長老に学ぶということは出来ないのでしょうか?

A:農業にしてみても、本来は有機農業を行ってきたが戦後は慣行農法になってしまった。学ぶなら90歳以上のお年寄りからになる。

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